イントロダクション ストーリー キャスト・スタッフ 劇場情報 監督来日レポート 予告編 HOME

『チャイルドコール 呼声』と『隣人 ネクストドア』の監督、ポール・シュレットアウネ氏が、両作品のジャパンンプレミア上映を行ったトーキョーノーザンライツフェスティバル2013の招待で急遽来日されました。
短い滞在時間でしたが、たくさんの取材やインタビューを精力的にこなし、ポール・シュレットアウネ監督作品の独特の世界観と映画に込めた思いについて熱く語られました。
2月9日の劇場でのトークショーの様子や、来日中に監督に行ったインタビューなど、ご報告していきます。
 
2月初旬、トーキョーノーザンライツフェスティバル開催期間に合わせ、『チャイルドコール 呼声』 『隣人 ネクストドア』のポール・シュレットアウネ監督がノルウェーより来日、自作の世界観、創作の秘密や作品の裏話について語ってくれた。一見すると強面で近寄りがたい感じもする監督だが、実際には、気さくに握手をしてくれたり、インタビュー途中にも関らずカメラを向けるとポーズを取ってくれたり、細やかな気配りを決して忘れない人である。また、話をする姿には、真面目で誠実な人柄が滲み出ていた。

☆監督デビューからノルウェー映画の現在

― 初めに監督の経歴について少し質問させて下さい。監督は、大学で美術と文学を学びそのあと、まず写真家として活動されます。その後CMと短編映画で数々の賞を取り、それから『ジャンク・メール』を監督するのですが、まるでそのプロセスは映画監督になるためであったようにも見えるのですが。

「確かにこうして経歴を振り返ってみるとまるで私が映画を最終的なゴールとして捉えているかのように見えるのですが、実は数々の偶然が重なって現在に至っているというのが実際のところです。というのは、ノルウェーでは90年代に映画を撮るというのは、非常に難しかったのです。日本と違い国が映画を作る予算を管理しているので、映画制作の本数が大変少なくて、映画を作るには決して良い環境ではなかったということがあります。映画はもちろん昔から興味がありましたし、撮りたいという思いもありましたが、でも偶然によるものが大きいですね」


確かにノルウェー映画は、これまで世界映画史の中で空白地帯になっていた。90年代の中頃、ポール・シュレットアウネ監督をはじめ、ベント・ハーメル監督、マリウス・ホルスト監督らの作品がパイオニアとなり、ようやく世界でノルウェー映画が注目されるようになるのだ。


―今年も、アカデミー賞外国語映画賞に『コンティキ』がノミネートされるなど、最近のノルウェー映画には、目覚しいものがありますが、監督がデビューした当時と現在では、何がどう変わったのですか。


「90年代に色々なノルウェーの監督の作品が世界で知られるようになりました。私の『ジャンク・メール』の場合は70カ国で上映されたわけですけれども、他の監督の映画も幸い外国で上映される機会がありました。その結果、予算的に大幅に増えたということは決してないのですけれども、外国からの資本、協力関係が出来てきました。それで90年代に較べたら現在のほうが、映画がより作りやすい状況になってきたと思います。また、デンマークと同じようにノルウェーにも映画学校が、丁度2000年前後に出来まして、現在は、国からの経済的支援を受けて運営されています。」

― ノルウェーでは、自国の映画がどれくらいのシェアを占めていますか。

「去年初めてノルウェーの映画の観客動員数が、上映された映画中の25%に達しました。これは今までにない高い数字です。後の75%はハリウッドの作品という感じですが。お客さんが増えるということは、さらにノルウェーの映画が作れるということを意味しますので良いことだと思っております。まあただ、ノルウェーというのは人口も僅か500万人という非常に小さな国で、世界の規模から見ると本当に小さな国ですから、この25%という数字も、そういう観点から見ると本当に低い数字ではあるのですけれどもね。」

☆『チャイルドコール 呼声』の制作動機

2011年のトーキョーノーザンライツフェスティバルで上映されたノルウェーのアニメ『アングリーマン~怒る男~』もまた、家庭内暴力を子供の視点から見た作品であった。
実は、男女平等が世界で最も進んでいるはずのノルウェーでも、家庭内暴力は深刻な問題で、2005年の統計では女性の24%が暴力を経験しているという結果も出ている。また、同時にノルウェーをはじめとする北欧諸国は、それらに対する対策という点でも、世界の先端をいっている。ただし、映画制作当時、離婚の理由がDVや児童虐待であり、暴力をふるうことが懸念されるような親であっても、面会権という強い権利があり、問題になっていた。『チャイルドコール  呼声』にはその辺の事情が反映されている。

― 2005年2月、ノルウェーで8歳の少年が義父から暴力を受けて死亡するという事件があり、現地のマスコミでは、こうしたニュースが随分取り上げられていたようです。『チャイルドコール  呼声』の少年は偶然にも、殺された彼と同い年なのですが、監督は日頃からこうした社会問題に興味を惹かれていたのでしょうか。

「確かにあの事件はノルウェーを震撼させました。あのように残酷な虐待が表面化するということはノルウェーではなかったものですから、大きなニュースにはなったのです。ただ映画は、その事件から直接影響を受けたということはないです。確かに私の描いているのは、非常に近い関係の暴力ということです。愛というのは、非常に素晴らしいものではあるのですけれども、ですが実は、一番危険なものにもなりうるということが私の持論なのですね。私の映画は、決して壮大な世界を描いているのではなくて、非常に近しい家族だとか、近親者の中で起こる小さな世界を描いているわけですが、そういったものに私はより興味を惹かれるのです。」

☆ポール・シュレットアウネ作品世界の原点

ポール・シュレットアウネ監督の作品世界のひとつの魅力として、人の心の奥の世界をまるで現実のことのように体験できるということが挙げられる。私たちは、主人公たちの心の奥の世界を観ているとは知らないまま、現実としてその世界を見、彼らが感じている恐怖や謎をそのまま受け止めていくことになるのだ。ストーリーが展開するなかで、不可解なことが次々と起こるというのに、私たちがそれをそのまま受け入れられるのは、ミステリーのスタイルが取られているためである。

― 監督にとってミステリーというのは、物語にかかせない要素なのでしょうか。

「今ミステリーという言葉が出てきましたが、私自身答えの出ない謎というのにすごく興味があります。ただ、具体的に犯人が最後わかるような感じのミステリーには全く心惹かれません。シャーロック・ホームズの謎解きみたいなやつですね。私は、何通りにも解釈できるような、複雑な人の感情の動きといったものに心惹かれますし、そういったものを作りたいと思っております。例えば人を不安にさせるような、イタリアのキリコ(※1)の絵のようなものに興味がありますね。ですから答えの出ないミステリーというのが、私の最終的な目標とも言えます。影響を受けた作家、好きな作家ということでは、アルゼンチンの作家ボルヘス(※2)、それからパトリシア・ハイスミス(※3)ですね。」

それぞれに、大変興味深い名前である。
(※1) キリコ (ジョルジョ・デ・キリコ)はイタリアの画家、彫刻家である。形而上絵画派を興し、後のシュルレアリスムに大きな影響を与えている。例えば「The Melancholy of Departure」という作品を観てみると、風景画とはいえ、現実には、あり得ない不思議な空間がそこに広がっている。遠近感が無視された建物の目的は容易に知れず、また遠くに小さく見える人影は、人に不安と孤独な気持を起こさせる。監督の作品世界は、空間が常に人の気持ちとリンクしているのが特徴であり、そこにその影響があるようだ。
(※2) ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、20世紀を代表するラテンアメリカの作家である。 彼の作品では、記憶と時間がひとつのテーマとなっている。『エル・アレフ』は、直径2、3㎝の球体を覗いた主人公の目に、30年前に見た誰かの家の玄関にあったタイルや、壊れたロンドンの迷宮など、時間も場所も超越した世界、地球そのものが見えてくるという物語。謎に満ちた小説だが、そこには彼の書物についてのさまざまな記憶が散りばめられているという。
(※3) パトリシア・ハイスミスは、『太陽がいっぱい』『見知らぬ乗客』でお馴染のミステリー作家である。ハイスミス作品の特徴として、グレアム・グリーンは「英雄的な主人公や合理的な展開とは異なる、不合理な展開や不安感」(『11の物語』序文)をあげており、それは、まさにポール・シュレットアウネ監督の作品世界にもそのまま使える言葉である。

― ヒッチコック監督の『見知らぬ乗客』では、殺したくなるような人が身近にいて、それをただ心の中に持っているだけの人と、実際にやってしまう人との対称の怖さがあるのですが、そんなところは監督の作品にも共通する部分があるのではないですか。


「そうですね。ヒッチコック監督作品では『疑惑の影』が好きです。カメラの果たす役割としては、カメラが全面に押しでるという感じではなくて、ちょっと引き気味のスタイルのほうが私は好きなんですね。ただし『隣人  ネクストドア』ではカメラが特殊な効果を出していました。けれども、『チャイルドコール 呼声』のほうでは、割りと引きの感じになっています。」


『疑惑の影』には、主観的に誇張されたカメラワークというものがない。ごくごく普通の人たちが、普通に過ごす日常を自然に捉えている。けれどもその普通に見える画面は、細かいところまで計算されていて、後できっちり生きてくるのである。『チャイルドコール  呼声』で、学校にいた男がアンナを追ってくるシーンのカメラの引き方や、画面の中に何気なく映っているものが、後で大きな意味を持ってくるあたりの演出に、ヒッチコック作品の影響が強く感じられる。

☆創作の秘密

カメラの効果という点では『隣人 ネクストドア』『チャイルドコール 呼声』両作とも、息苦しいほど狭いのに、果てしなく奥があるかのような廊下が出てきている。それはまるで人の心の中の迷宮への入口を思わせる効果がある。

―『隣人 ネクストドア』では、狭くて暗い廊下を俳優がしきりに動き回っているのですが、何か特別な工夫をしているのでしょうか。

「『隣人 ネクストドア』のほうでは、狭い廊下を撮影するために特別なカメラ用の台車を作って撮影をしました。それと、私と他の撮影スタッフもそうなのですが、迷宮に関しては色々な理論を勉強しまして、それをあの映画に活かしています。アパートの撮影では非常に多くの時間を費やしまして、その空間がとても重要な役割を果たしております。主人公の心理があの無人のアパートと呼応しているのです。」

『チャイルドコール 呼声』では、電気店の男ヘルゲと母親の関係が、そのままアナと息子の関係と重なりあっている。また赤い服の男の子とアンデッシュもまるで双子の兄弟のような関係になっている。その関係性は表裏一体であり、アンデッシュとヘルゲはそれぞれの過去と未来を思わせ、暴力を受ける赤い服の男の子の苦しみは、アンデッシュの過去の苦しみとも入れ替えられる。

― 監督の頭の中では、先にこうした人物関係が出来上がっているのでしょうか。それとも物語を作りながら、こうした人物関係を作り上げていくのでしょうか。

「最初からきっちり考えてこのストーリーができたわけではなくて、段々膨らんでいったというのが実際のところです。こうしたパラレルの関係が、物語の進行につれ段々人々の不安感を増していくであろうことを計算し、最初から人物関係を作っていこうと考えていたのではなく、徐々に生まれていったというほうが正解です。」

☆『チャイルドコール 呼声』主演ノオミ・ラパスについて

―『チャイルドコール 呼声』の撮影は、主演のノオミ・ラパスがハリウッド・デビューする直前ということになりますね。彼女の演技もミラクルですが、このタイミングでこの作品に出られたということもミラクルであると思います。どういう経緯で彼女を起用することになったのですか。

「今ノオミ・ラパスというのは、もちろん北欧だけに留まらずヨーロッパの中で現在活躍している女優の中でも、1番最高の女優ということが、私が起用したかったことの理由ですね。それとまた、彼女が役に真摯に取り組む姿勢にも私は非常に感銘を受けました。確かに彼女は他の映画で、非常にタフな女性というのを演じてきたのですけれども、ただ彼女は色々な役を出来る人だと私は思っていました。それでもアンナの役は、肉体的には非常に弱い人だというふうにイメージしていたので、まず筋肉を落とすためのコースに通ってもらって、それでこの役作りをしてもらったという経緯があります。」

☆今後の予定

― 最後になりますが、今後の作品の予定とかありましたら教えていただけますか。

「今、私が取り組んでいるプロジェクトとしては、20年代アメリカと同じようにオスロでも禁酒法時代というのがあったのですけれども、そこで暗躍したギャングたちの映画が進んでいます。それと、あと2年以内にノオミと一緒に仕事ができればと考えています。」


(2013年2月8日 ノルウェー大使館にてインタビュー / インタビュアー:映画ライター 藤澤 貞彦)

チャイルドコール 呼声